2012-05-05

騒がず、急かさず、そして…


「美しい教会を旅して」/KIKI著/2011.8.10/マーブルトロン を読んだ。

著者は大学で建築を学んだ女優・モデルである。さらにはミッション系の学校へ通った経験のあるノンクリスチャン。
建築と信仰、共に付かず離れずという著者の、その視点こそがこの本の特徴であると感じた。単なる紀行文として読み流せなかったのは、それによる。

その優しくも鋭い眼を通して教会への郷愁が綴られている。美しい教会建築の写真と共に。

不思議だ。
何が著者を教会から引き離さないのだろうか?

教会の魅力?建築の魅力?

ここでは、教会の人々も建築も、風景として等価な存在として置換されている。
その、ある種の居心地の良い風景の中に、著者は実際に身を置き、体験する。

信仰の風景。

風景は騒がず急かさずそこにある。この先に何が必要とされるのか?

勿論、必要なのはリアルな出会いだ。

そんな「場」が創れるか?それが私に突きつけられた課題。





2010-06-20

いかに証されるのか?

「長崎 旧浦上天主堂 1945-58 失われた被爆遺産」高原 至…写真/横手 一彦 …文/ ブライアン・バークガフニ …英訳/2010.04.08/岩波書店 を読んだ。

 これは太平洋戦争における原爆投下により被爆、崩壊した旧浦上天主堂の廃墟の解体を記録した写真集である。

 その記録が呼び起こす感慨は一言で表すのは困難だ。被爆に至る歴史の流れの中にその悲哀が見える。

 江戸時代のキリスト教弾圧下、その末期、大浦天主堂の献堂により、隠れキリシタンがその信仰を再びこの地に表明した。「切支丹の発見」1865年。

 しかし、明治初期に至るまで日本はキリスト信仰に対する憎しみを捨てなかった。自分の意志では永遠に捨てなかった。外圧によって止めさせられた。1873年、禁教令が解かれた。

 踏み絵が行われ血が流された正にその土地が買われ、そこに旧浦上天主堂が献堂される。1914年、日本人の手による悲惨なる行為の場の上にそれは建った。

 そして太平洋戦争、1945年8月9日原爆投下。浦上天主堂は被爆し廃墟となる。悲惨なる人間の行為により崩れ去る。

 その後、この天主堂に対して、悲劇の記念碑として行政側の保存の動きなどもあった。しかし、その廃墟は1958年に撤去され、翌1959年に新しい浦上天主堂が完成する。この建築はキリストの教会として機能する為、再建される必要があった。それは保存より優先された。保存はこの日本の地の意志。再建は教会の意志。

 一体、この歴史の流れを前に何が私に言えるだろう。保存すべきだった、という思いは、教会の使命を考えると打ち消される。だがその思いの波は寄せては返し複雑なうねりに飲み込まれる。

 写真は何を語るのか?

 焼けただれたイエスや使徒達の像の数々は非常に衝撃的だ。まるでそれが生きていたかの様…否、まだ生きているかの様に、血にまみれたその像が意志を持ち語りかけてくる、原爆の悲惨さを。
 いや、でも、それはただの彫刻なのだ。その錯覚の魔力を振り切ると真実に到達できる。もちろんそれは悲惨さの記録であることには変わりはない。だが、しかし大きな違いがあるのだ。

 教会建築を通して語られるべき真実はイエス・キリストの血の意味である。

 選択はどうあるべきだったのか?

 最適の解が何かは私にはまるで分からない。少なくとも生きたキリストの教会がその使命を果たす事ができれば、そんな事はどちらでも良いのだ。教会建築とはそういうものだ。

2009-10-21

新型インフルエンザ 襲来

私の3人の子供のうち、一番下の4才の息子が新型インフルエンザ、陽性。

昨日、咳と37度の熱がでていたので医院につれていったのですが、結果的に早期に発見することができました。
しかし、これで一週間、保育園に登園できません。
うちは父子家庭(母親は天国在住)なものですから、やれやれです。見てくれる私の両親がいるので、まぁなんとかなりますが…。

新型インフルエンザはさておいても、子供が病気になると保育園に行けなくなる(=親が仕事に行けなくなる)という現実。この辺の問題点って社会ではどこまで把握されてるんでしょうかね。

実は、私自身が一週間ほど前から風邪の症状があって体の倦怠感に悩まされていました。ただ何度計っても熱が36度程度。新型インフルエンザではないと判断していました。とは言うものの、自分が移したのではと気になり、本日医院にて受診。
結果はやはりただの風邪でした(ホッ)。

息子の方は一時39度まで熱があがっていたのですが、一晩寝ておきると、まぁ、嘘の様に元気になっていました。
軽度な症状だと、こんなもんなんだそうです。
この元気な子供を一週間家に閉じこめておかなければいけないのが、今後の課題。


残念ながら、息せき切った報道アナウンサーもこないし、報道ヘリも飛びませんでした。
もちろん「流行の最先端」ではなかったからでしょう。

2009-10-19

iPhoneって使いやすい?

17日の土曜日、中学校のクラス会に出席。

懐かしい友人達と再会するのは嬉しいものです。楽しい一時をすごす事ができました。

私はパソコンはMac、携帯電話はiPhoneを愛用しているのですが、そのクラス会の席で、一人の女性から
「iPhoneって使いやすい」?
と聞かれ、一瞬、答に躊躇するという状況に陥りました、
相手が猛烈に気転がきく奴で、一瞬の沈黙を察してすかさず「慣れが必要」?と少し質問が調整されました。

「慣れは必要。既存の携帯が全然使いこなせなかった自分には大変良い」みたいな曖昧な回答をしたのですが、なんか言い足りないことがいっぱいあるような気がしてモヤモヤが残りました。
何故、最初に素直に言葉がでなかったのか…?

「iPhoneって良い」?とか「iPhoneって便利」?と聞かれりゃ、
「断然良い。便利だよ!」
と即答してたな、たぶん…。

で、最初の命題にはどう回答すべきだったのか?

iPhoneって使いやすいのか?
「既存の日本製携帯電話より、圧倒的に使いやすい」。
「MacとiPhoneの連帯性が良く、便利」。
だが、
「Macと比較して、iPhoneの方が良い部分やシーンも多いが使いづらいところも多数」。

よく考えてみると自分の意識の中にこんな感想がある。
パソコンであるMacと同等の機能までiPhoneに求めてる自分がいる。


使い方を間違えてるかも。

2009-10-17

書籍 クリスチャン アーティスト。 


私の関わっている、バイブル・アンド・アート・ミニストリーズにより新しい本が出版されました。

「クリスチャン アーティスト。」
バイブル・アンド・アート・ミニストリーズ編 / 燦葉出版社 / 税込1890円

牧師・教会教職者、クリスチャンの美術家、専門家、研究者、50名近くの執筆者によるものをまとめた物で、クリスチャン・教会にとっての美術の意味・可能性を探究するという内容です。

で、私も拙文「教会建築を求めて」を載せて頂いています。
また、建築がらみでは岡山の建築家・山口晋作さんの「プロテスタントの教会建築を知る」という教会建築史に関する文献も収録されています。教会建築の歴史的変遷を知るのに非常に参考になる内容です。

本の体裁は横組みと縦組みの部分があり、本の裏表が表紙になっている、つまりどちらも表紙という変わった構成。どちらから読もうか最初はとまどうかもしれませんネ。

今のところキリスト教書店のみでの発売のようですが、店頭でみかけましたら是非手に取ってみてください。キリスト教美術に興味のある方はもちろん、ノンクリスチャンの方にもお勧めです。新しいキリスト教会の一面が見えてくると思います。

現在ネットではこちらから購入できるようです。